続・⚠️軌道修正には勇気とパワーが要るというお話
おはようございます☀
社会人アーティストのまえぽんです。
退職を申し出てから
(店長が不在だったため)副店長が案件を預かってくださり、店長と連絡をとってくれました。
翌日ご連絡をいただき
〝何とか考え直してもらえないか
どうしても叶わない場合は退職も致し方なし…今はとにかく目の調子を治すことに専念してほしい〟
と言って頂きました。
ですが
私の心は既に決まっていました。
🌟前回までのお話はこちら
本来なら〝連続三日間勤務〟の週でした。
それに備えて体調もメンタルも整えて来たのですが、私はそれまでに耐えきることができませんでした。
退職を決めるまで
ずっと自分を責め続けました。
でももう
退職を決めた以上
進む場所を決めた以上
それはもうやめようと思いました。
10月28日
本来勤務日になっていた自分の誕生日…
日記がわりになっていた手帳を読み返しながら心と頭の整理をすることができました。
そして思ったのです。
私にはこういう時間が必要だったんだ
と…
久しぶりに
nanaで歌いました。
久しぶりに
絵を描いてみました。
ずっと頭に入らなかった
来月受ける
事務所のレベルチェックオーディションで課題になっている〝5人芝居の台本〟がすらすらと口から出てくるようになりました。
あんなにセリフ覚えるの苦手だったのに、もうすっかり頭に入っています。
これはすごい発見でした🌟
ここしばらくの職場の環境の中で
自分のコンプレックスと向き合い続けていたら
やはりコンプレックスの1つとなっていた
〝セリフ覚えが悪い〟
ということをいつの間にか克服していたのでした。
そう考えると
この2ヶ月は
悪いことばかりでもなかったな。
心と体が少しずつすっきりとしてきました。
この週明けに
おやすみから復帰された店長に電話をして、療養の期間を与えてくださったことのお礼と
退職させて頂きたいと言う希望をお伝えしました。
後はもう事務的なお話です。
あっさりしたものです。
電話をした翌日
ロッカーの整理と
退職願を書くために
西保木間店に行ってきました。
まず更衣室に行って
ロッカーを空にして
その足で事務所に行き
退職願を書きました。
ロッカーの鍵
ネームプレート
社員証を返却し
対応してくださった事務の担当者に店長への手紙を託しました。
クリーニングに出すためユニフォームをカバンに詰めて足早に階段に向かう時ベーカリーの前を通りました。
トレーナーの声が聞こえましたが私には気づかない様子でした。
ここで楽しかった思い出なんて1つもない…
あの時に抱え込んでしまったもの
飲み込んでしまったものを全て
私は此処に置いて帰ります。
さようなら
以下、店長へのお手紙📮
ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ
この度は私の努力の足りなさから、このような事態を招くことになり申し訳ございませんでした。
★本日ご不在と伺いましたので、せめてもの思いでお手紙を書かせて頂きました。どうしてもお伝えしたいことがあったからです★
今回の事を単に
〝障害者を雇ってみたけど失敗だった〟と言う風には考えて欲しくは無いのです。
私が退職を決めた理由は、単に生産性を上げる作業ができなかったからではありません。
勿論それは大きな挑戦課題ではありましたが…
人事部の柿沼トレーナーと、どうしても合わなかったからです。
柿沼さんの言う事は当然のことで、間違っている訳ではありません。
ですがその〝伝え方〟は決して正しいとは言い切れません。
私の作業は遅かった…その点について申し開きをするつもりはありません。
レジメや指示書、レシピなど〝視覚から得る情報〟がとても多いので、洗い場に掲示してある洗剤等の指示の張り紙が読めず〝この掲示物だけでもプリントアウトした物をいただきたい〟とお願いしたのですが最後まで応じてはもらえませんでした。
見えないと言うことは柿沼さんにはすべて〝甘え〟 や〝怠慢〟〝言い訳〟とみなされました。
〝レジメも読まないのに言い訳しないでください〟
そう言われた時、私は柿沼さんに対して〝見えない〟と言う言葉を二度と使うまいと封印しました。
〝丁寧にやってたって仕事は終わらないんだよ〟
〝いいから何も考えないでやれ!〟
毎日皆んなの前で罵倒されました。
トレーナーは暫くすればいなくなるかもしれませんが、仕事ができないと罵倒され続けた私を、ベーカリー部の誰が相手にしてくれるでしょうか?
柿沼トレーナーは普段から口調の強い方ですが、普通に指示を出している時は扉を開け放していても、罵倒する時は扉をしっかりと閉めています。
極めてブラックに近いグレーだと思いました。
ベーカリー部の中には独特な空気が立ち込めるようになり、私はそこに居るのが針の筵の様でとても辛かったのです。
このままでは迷惑をかけるばかり…
いっそのこと私は効率の悪い作業であるパンの成形は行わず、袋詰めと洗い物や廃油の処理、掃除に徹した方が良いのかも知れないと真剣に悩みました。
ですが、それは違うと思いました。
本来ならこういう事は人事部トレーナーに相談すべき事かもしれませんが、私の柿沼さんに対する信頼度はすでに失墜していた為、それもできませんでした。本当にしんどかったです。
仕事に万全を帰す為と何よりも仕事の時に目の調子を崩さない為に、西保木間店に移ってからは休日は極力コンタクトレンズを使わないようにしていましたが、私の考えとは裏腹に日常生活や歩行など支障をきたすようになりました。
それでも目の不調は〝瞼のけいれん〟と〝眼球の痛み〟から始まりました。
これまでに何度か瞳が傷つく事はありましたが、今回はそれほど深い傷でもないのに痛みがなかなか治まりませんでした。眼科で調べてもらいましたが深刻な傷ではないと…原因も解りません。
状態が落ち着くまではコンタクトレンズの使用をやめる事を勧められたのが先週です。
メンタルでは?思い当たる事はないかと医師に何度も問われました。
茂木店長
私は見えづらい事で〝特別扱いしてほしい〟と望んだ訳ではありません。
せめて〝人として扱ってほしかった〟
ただそれだけだったのです。
柿沼さんが正しいことを言っている以上、生産性を見出せない私は何も反論は出来ません。
意見を言おうとしてもそれは口答えとみなされ、甘えているとみなされる。
私はベーカリー部で挨拶しかしない人間になりました。
そしてここでの仕事に絶望したのです。
本当は、一緒に配属になった皆んなと
小菅店のベーカリー部のようなチームを目指したかった。
個性的でプロフェッショナルで、パンやお客様に対する愛情もあって…
何よりも小菅店のパン達はとても生き生きしていました。
どれを選ぼうかとワクワクする気持ちになりました。
ですが…
それはすべて理想に終りました。
私が本当にベーカリーの仕事を嫌いになってしまう前に退くしかない。
この思いから今回の決断に至りました。
全て私の努力が足りなかったのです。申し訳ありませんでした。
退職前にご配慮いただいたこと
療養と考える時間をたくさんくださったこと、心から感謝しております。
副店長のウエマツ様にもどうかよろしくお伝え下さいませ。
本当にお世話になりありがとうございました。
私はコモディイイダのファンに戻ります。
陰ながら
お店の繁栄を心より願っております。
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自分の思いを書くと
かなり気持ちが整理できました。
大切なのは
感情的にならないこと
私はこれまでの長い社会人生活の中で、何度か勤務先のトップに手紙を書いて辞めた事があります。
気休めかもしれないけれど
恨みつらみを言うのではなく
次に行くための力にするためです。
過去を引きずらないためです。
そしてこれは全て自分のためです。
🍀良いこともそうでないことも
役に立つかどうかは
もっと後になってから解る事だと信じるからです。
続く❣️
🍀まえぽん
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